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重要なのは、「正しいか、正しくないか」っていうのは、「だれかがこう言ってた」「新聞に書いてあった」と最終判断を他者に委ねることになるけど、「おもしろいか、おもしろくないか」は、いろんな考え方をふまえたうえで、自分が責任を持つ判断であるということ。

「俺が正しいと思うから正しい!」というひとはあまりいない(お前は誰だ)。 「おかあさんが」「新聞が」「みのもんたが」言ってたから正しいという。

逆に、「あのひとがおもしろいと言ってたからおもしろい!」というひとはいない(お前は誰だ)。 「俺がおもしろいと思うからおもしろい!」という。

だから「おもしろいと思ったらシェア」というルールにしているかぎり、自動的に自分の「いいね!」やシェアに責任を持てる。そして、自分が責任を持っているかぎり、「それがおもしろいと思うお前ってどうなの…?」という指摘には自分で答えなきゃいけない。Facebook小話を広げたひとたちは、それが実話かどうかにべつに責任持たなくてもいいけど、「その話、おもしろくないよね…」という指摘には責任を持って答えてほしい。「おもしろくないけど、実話だから広めた!」て意味わかんないからね。

というわけで、私がツイッターでフォローする「この人のおもしろセンス最高」というひとたちは、だいたいつまんない話を拡散したりしないので、私のTLでこの手のデマがまわってきたことは一度たりともありません(自慢)。

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立ち上がれ文学部!おもしろ至上主義のススメ - 東京エスカレーターガール (via kotoripiyopiyo)

(otsuneから)